『春の光のそのなかで』
晴れた日には、空の彼方に永遠が見える。
桜の森の満開の下には、鬼が棲むとやら。
その鬼の踏みしめる根方には、喰らいしゃぶられ骨になった屍体が埋もれているとやら。
桜はどうして美しい。
「別名を、花王と云うのだ」
遠目にならば、まさに桜色の花びらが、ありなしの風に早くもひとひらふたひら…散り惑いながら空に伸びた枝のあちらこちらから、降り零れてくる。
爛漫の春に降る粉雪のようで、男は…生まれてこのかた初めて眼にする、豪奢でありながら畏怖の念すら抱いてしまう、行けども歩けども桜の木々の十重二十重に連なる山道に、踏み迷っていた。
「古来より、この国のひとびとは、桜をこよなく愛し、さまざまな表現形式の中に、桜の美しさを讃えてきた」
……特に。
「近代に入ってからは、桜の見事な散り際を自らの国民性になぞらえて、桜のごとくに潔く散ることを称揚する風潮が長く続いた」
……しかし、な。
「文遠。
ご存知か?」
今では桜の代名詞となった『ソメイヨシノ』とは、江戸時代の末期に将軍のお膝元に程近い場所にあった染井村の植木屋が作り出した園芸種であり、その歴史は200年に満たない……と云うことを。
「この国の持つ歴史の長さから考えたなら、200年など、ほんの些細な短い時間に過ぎない…にもかかわらず」
咲イタ花ナラ。
散ルノハ覚悟。
「桜におのれの生き様を重ね合わせて、お国のために…と、それこそ……命の重さを鴻毛の軽さとして散っていったひとたちが、100年もたたぬ昔に、確かに存在したのだ」
忘れてはいけないことが、ある。
「桜には、言葉にならない忌まわしさが纏わりついている」
それがゆえに、美しい。
「俺には、難しいことなど、わからない」
ただ、わかるのは…目を離したなら、この桜の幻の中に、大切なものがかき消えてしまうのではないか、と云うことだけ。
「…奉孝」
ひとが桜に何を視ようとかまわない。
願わくば花の下にて春死なむその如月の望月の頃
「人口に膾炙した有名な歌だが…むしろ、わたしが好きなのは…」
ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそ悲しかりけれ
咲き乱れる…と云う猥らさがないからこそ。
桜には、魔が潜んでいるのかもしれない。
ギリシャ神話の月の女神を引き合いにするまでもなく。
もっとも清浄で穢れを知らぬものこそが、もっとも峻烈に、あらゆるものを断罪する。
「奉孝…」
「なにか?」
「ひとつ思い出したことがある」
「……?」
「さくら…とは。
<さ>はいにしえの言葉で『神』を意味し。
<くら>は『座』…つまり、神の座…神の居ます場所を意味する、とね」
わずかばかり、張文遠よりも先を歩いていた郭奉孝が、肩をすくめて、頸をかすかに横に振った。
「まったくあなたというひとは、散文的な人物に見えて、なかなかどうして、侮れない」
もしも桜に…ひとの解することのできる言葉があるのなら……
なにを語る。
青い空の涯て。
どこまでも透き通った春の光の燦爛と降り注ぐ昼下がり。
桜の小雪の舞うなかを…
獣のつけた細道を…
ふたつの影が、どこへともなく消えてゆく。
That's all over.
製作年月日:(2005年4月 5日 22:00)
文責:市川春猫