『愚かなり、わが心。』




 情欲を、探りあてるゆびの動きは、精巧で、精妙を極めたものだった。
 髪を覆った巾がほどけ、子どもじみて細く頼りないゆるく波打った黒髪が、乱れた。
 五体でその日の糧を稼ぎ出す兵士のものとは明らかに違う、手触りのいい肌膚の下に、指先で辿れば数を数えられる肋の肉の薄さが憐憫を誘った。
 操られるかに、放恣な姿勢を強いられた。
 けもの抱きに、抱きすくめられ、耐えもならぬ屈辱は、身の裡に、荒れ狂った。
 この無力さは、なんだ。
 微塵の意思さえ認められない、力関係の徹底は、酒精の酩酊のなかでさえ明晰と明瞭を失わない郭嘉の脳髄に、混乱と恐慌をもたらした。
 いかに暴れ、身を焦っても、更なる力に抑え込まれ、吸収されて、郭嘉の必死の反発は、意味を成さない。
 忌まわしさの底に…
 認めてしまうにはあまりにも空恐ろしい魅惑があった……
「や…ゃ……」
 何の抵抗も、哀訴も、反駁も…無意味な力の奔騰は、郭嘉を無情に玩ぶ。
「い…云う…云うから……」
 片足を、男の肩に載せられ、躰を展かれ、これまで夢想だにしなかった淫猥な絡み合いかたで、つがい嵌め、ひとつに結び合わさるその瀬戸際に、郭嘉は全面降伏した。
「やめてくれ!」
「云う気になったか?」
 見栄も体裁も外聞もなく。
 郭嘉は、力に、屈服した。
 それ以外、どのような道が残されていたと云うのか。



「あんなふうに死にたいと思ったんだ!」



 武の極みと、智の限りと…
 生きながら伝説となった魔人と、それに殉じた男の物語は、禍々しい彩りに染めあげられようとも、千載に残る一篇の詩歌となるだろう。
 青史に名の刻まれることを羨望したわけではない。
 ただ、一代の軍師…
 敗れ去りはしたけれど…
 おのれの知力のみを恃み…精魂を傾けて、この乱世に対峙した軍師として、命を全うした男に、深い哀惜の念を、惜しむことはできない。





|| モドル|| 『滔天廻路:上演作品目録』|| ススム||
製作年月日:04/11/07
文責:市川春猫