『愚かなり、わが心。』




 郭嘉には、記憶がない。
 けれど。
 張遼には、思い出すまでもない、鮮烈な印象だった。
 忘れたことのないものを、わざわざ思い出す必要が、あるか。
「……ぁ………」
 冬の空には、翳ひとつ、なかった。
 凍てついた大地に疾った水が、何もかもを流し去った…
 滅びるべくして滅び去る宿命にあったものが黄泉へと消え去った…
 白門に、幾重もの鎖で巻き締められて吊り下げられた、ふたつの奇妙な果実は、陽が斜めに傾いだあとも、つかず…離れず……いつまでも、刃物のような風に、揺れていた。
 数年…あるいは十数年。
 命を育む力を失った大地の、死の静寂のなかに、佇んで…いつまでも、いつまでも……
「あんたはふたりを見上げていた」
 まっすぐに。
 瞬きもせず。
 その眸に、心惹かれた。
「あんたはあの時、何を思った?」



 沈黙は、すべての言葉を謎に変える。



「知りたいか?」
 ああ……
 その眸だ……
「だが、あんたには金輪際、教えてなどやらぬ」
「では、俺も手加減は、しない」
「……ぃ……!?」
 人形みたいに扱って。
 傷つけて。
 地獄の底に。
 夢の果てに。



 いま……祈りの言葉は……なにも、ない。





|| モドル|| 『滔天廻路:上演作品目録』|| ススム||
製作年月日:04/11/07
文責:市川春猫