『愚かなり、わが心。』





 君知るや、最果ての、空……



 酒に女にバクチに喧嘩。
 男の不品行と不行跡は、曹操麾下に綺羅星のごとく名ををつらねる文官将官のなかでも、群を抜いた悪評とともに、帷幕に知れ渡っていた。
 月々の俸給はすべて飲み代となり、歌妓や娼妓は云うに及ばず、素封家の箱入り娘や禁中に上席を占める公達の側室にまで手をつけて浮名を流し、バクチのツケはおのが君主に肩代わりを押し付け、小理屈ならば誰にも負けない舌先三寸で相手をやり込めたあとはお決まりの暴力沙汰で、腕力など、ありもしないくせに大乱闘の大立ち回りであわや命を落としかけたのも、二度や三度のことではなかった。
 慇懃無礼。放蕩三昧。
 傍若無人。傲岸不遜。
 奔放不羈。独断専行。
 唯我独尊。軽佻浮薄。
 面従腹背。才気煥発。
 男を語る言葉は、十に九までが彼に対する罵詈雑言であった。
 なぜ男がその職を更迭されず、今日まで蒼天の覇者たる曹操の軍師でありえるのか、それは、誰もが不承不承であれ男の戦略家としての天賦の才を認めざるを得ないからだ。
 ましてや。
 男の軍才を最も高く評価しているのが今上陛下の守護者として天下に権勢を誇る曹操その人であることに鑑みれば、裏に回った密かな批判も人づてに囁かれてはいたが、男を正面きって非難するものは、皆無に等しかった。
 だが。
 男の、世の反感を一身に浴びようかとする投げやりな態度を認めようとしないものが居た。
 酒やバクチへの嗜癖に近い惑溺は、まだ許容の範囲だとしても…引きも切らない女出入りの激しさは、良識あるものの眉をひそめさせ、巷間の無責任な噂の種となり、結局のところ、男の身の上に降りかかる災難となることは、明白であったから…度し難い色遊びを看過できずに、折りあらば男に意見しようと、その人物は、胸に期していた。



「郭嘉……どの」






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製作年月日:04/11/07
文責:市川春猫