『君知るや、我が心。』
「惚れたが因果…と、云うもんだ」
……気の毒に。
名を伏して語られた、恋の物語にしては残酷な、事の顛末がどうなったのかも曖昧な、郭嘉の問わず語りの登場人物に、夏侯惇はひっそりと同情の念を禁じえなかった。
「奉孝…」
手招きをされて、郭嘉は夏侯惇が腰掛けている、肘掛が優雅な曲線を描いている黒檀の椅子へとなにやら覚束ない足取りで、ゆっくりと近寄っていった。
無理に焦点を合わせるように、眇めた右目で、手を伸ばせば触れることの出来るほど近くにたたずむ郭嘉を、上目に眺めやる。
「まぁ、座れ」
楢の木を削りだして作った小皿には、南国の果実を干して刻んだ酒肴が、ほぼ手付かずで残っていた。
「……いや」
―――だれも膝の上に座れとは、云っておらん。
「ここが、いい」
「酔っ払いが…」
対面して、子どもが母親にしがみつくように、郭嘉は夏侯惇の胸にわが身を預けて、その首に、諸手を絡ませる。
救いを求めるひとのように。
「あなたのそばが、いちばん安心だ」
なぜだか…
この真夜中に、陽だまりの匂いがする。
「いつでもあなたは、あなたのままで、あなただから」
肩を竦めようにも、郭嘉の腕の重みで、それはままならぬ仕草だった。
分厚い手のひらが、余分の脂身などかけらもない薄い背を撫でる。
「論旨が無茶苦茶だ」
信じようと、信じまいと。
|| モドル|| 『滔天廻路:上演作品目録』|| ススム||
製作年月日:20:36 2005/06/09
文責:市川春猫