『君知るや、我が心。』




 出来もしないことを云う…と、郭嘉は極め付ける。
 あれは…もっと…ずっと、北の大地に咲く花だ……
 夏の始まりを告げるかに、強い香りで空までをも染め上げて、木々の枝に溢れこぼれて沸き立つように…咲く花だ……
「あんたは……本当になんでもよく知っているな」
 許昌の都には、探したところで咲いているはずのない花を、事細かに描写してみせる郭嘉に、張遼は素直に感嘆の言葉を口にする。
「あなたこそ、なぜ紫丁香花の名をご存知か」
 学んで身につけたとは、違う。
 日々の暮らしのなかにあって、自然に研ぎ澄まされていった物事の本質を見抜く視覚が、鋭い。
 この男に……
 誤魔化しなど、通用しないのだ……
「生まれて育った場所に…
 遅い春が巡り来ると、いっせいに咲き乱れる花の競演の終幕の華やかさで、いつも冴えているのに淡い色合いの彩りが、そこかしこを飾っていた」
 その花のしたを歩けば…酔うほどの鮮烈な馨に噎せ返り…酩酊の、夢見心地に誘われて、暮れゆかぬ春の日を、幻のように眺めていたものだ…
 ―――あんたにこそ、よく似合う。
 花言葉は「片恋」だとか。
 いつの日にか…
 別れゆく日が来るとして。
「……あんたは針水晶の冷たさでいつまでも……」
 心に棘を遺してそれでも…
 幽かな記憶の光に煌くのだろう。 



 ―――君知るや、わが心。



 わたしに似合うというのなら、いますぐここに、せめて一輪。
 差し出して、捧げてくれるなら、あなたの言葉を、信じてもいい……



 日は高く、鳥が長閑に鳴き交わし、都にひとびとの活気が熱を帯びる頃…目を覚ました郭嘉の傍らに、張遼の姿は、なかった。



 それから、三日。






|| モドル|| 『滔天廻路:上演作品目録』|| ススム||
製作年月日:20:36 2005/06/09
文責:市川春猫