『君知るや、我が心。』
気がつくと、それが当然のように、その男は曹操の掌握する帷幕に居場所を見つけ、まるで…旗揚げの頃からの古参の将であるかに、曹操と…彼を取り巻く人間関係のなかに何の違和もなく、馴染みきってしまった。
表向きは…
水面下でならば多少の軋轢は郭嘉の耳にも届くひそやかさで囁かれてはいたけれど。
初対面でいきなり牢に放り込まれ、その後も自分の立場をどこに見出していいものか、途方に暮れて半ば孤立していた郭嘉とは、おそらく他者との関わりのなかで身につけた対人感覚の先鋭さに格段の違いがあるのだろう。
「あんたが死ぬなら、俺も死ぬ」
こんなにも、無造作に。
とても大切なことをたやすく云い切ってしまう。
悔しいのは…
その言葉には嘘も偽りもない、ということ。
戸惑ってしまう。
いつだって、他人の言葉には、幾通りもの思惑があり読み違えることは、命取りに直結していた。
些細な態度や言葉の端々から、相手の思考を推察すること…つまり…顔色を伺うことが習い性となってしまった軍師を生業にする者にとって……裏のない人間こそが、始末に困る難物だった。
真実こそが、底知れない謎であるなどと、そんなことに…この世のだれが困惑しようか。
言葉は、それ自身をも裏切るからこそ、言葉なのだ。
永遠の愛がひとの口からなんど誓われたとしても、その誓いが…果たされたことが、いちどでもあるか……?
「そんな科白をだれが、信じる」
自分が傷つかないために、張り巡らせた予防線に……自分が一番傷ついているのに……
どうしてそれに、気づかない?
|| モドル|| 『滔天廻路:上演作品目録』|| ススム||
製作年月日:20:36 2005/06/09
文責:市川春猫