『君知るや、我が心。』




 ひとつずつ。
 理由をつけて、理屈をつけて。
 自分を納得させる。
 ―――だから、わたしはあなたのことなど気にしない。
 自分に歯止めをかける。
 ―――アイシテイルトハキノマヨイ。
「明日のことなどわからない。
 一敗地に塗れ、虜囚として見せしめの刑死体となるのは、次はわたしの番かも知れぬ」
 明日は、ない。
 昨日も、ない。
 あるものはただ…
 この一瞬。
 生きていることさえ、忘れてしまいたい。
「次の日に、消えて無くなるのはわたしかも知れず、あなたかも知れない」
 人間は、死んだあとのことにまで責任は持てぬ。
 あのひとは……
 いいひとだった……
 誉めてもらったところで……
 死人には目も耳も口もない。
 気遣いなど、不要。
 思いやりなど、無用。
 だれが泣こうと喚こうと。
 好き放題に我を通したものの、勝ちだ。
「この世から消えてなくなるのなら」
 厚い天板の木口に葡萄と蔦のからまる意匠を浮き彫りにした黒檀の小卓に、竹簡を無造作に置いて、ほんの少し、首をかしげるように、張遼は口を開く。
 声は、静謐で、柔和だった。
 数千、あるいは数万の軍勢を最前線の末端に到る部分までをも一糸乱れぬ精妙で指揮する『鬼神』と恐れられる武人の声とは思えぬほどに。
「あんたと一緒が、いい」
 ひと懐かしく、引き結んだなら、その意志の強さを如実に浮かび上がらせる口許をほころばせ、日に晒されて色褪せた琥珀を思わせる色合いの、涼しげに切れ長な瞳を笑わせて…その裏を探る必要のない言葉を明瞭に、つなぎ合わせる。
「……抱きしめたまま、死にたい」



 どんなに冷たく突き放し、皮肉な言葉で意地悪しても……
 ―――どうして。



「望むべく、最高の死に方だと思うのだけれどもね」
「あなたと心中するなど真っ平だ」



 なくして困るものなど、欲しくはないのだ。






|| モドル|| 『滔天廻路:上演作品目録』|| ススム||
製作年月日:20:36 2005/06/09
文責:市川春猫