『君知るや、我が心。』
「イイヒトを演じるっちゅーのも、なぁ…阿瞞」
辛いもんだ。
…夢見て、眠れ。
「まったくだな、惇」
「!!!!!」
曹操ノコトヲ云エバ、曹操ガヤッテ来ル。
「幽霊じゃ、ないぞ。
足はちゃんと、ある」
いったいぜんたいどうやって…
天を戴く中原の覇者が……
たったひとり、この真夜中、この場所に、この男が、どうしてここに、立っている。
「おまえのすることに、いちいち理屈をつけていたら、こちらの頭がどうかしちまう」
「十日もあんな田舎に居れば…都の風が恋しくなるさ」
……もっと恋しくなるものは……
「この…都会っ子が」
いまごろは…突然姿を消してしまった曹操を探して、側近たちが夜を徹してあちこち捜索のために駆けずり回っていることだろう…
それを思えば…可笑しさ以上に気の毒さがこみ上げてくるのは、夏侯惇の苦労性な気質ゆえだった。
「惇は、ほんとに子守がうまいな」
安らかな寝息をたてて、夏侯惇に甘えたまま、郭嘉は眠っている。
「…ふん。
おまえで慣れておるわ」
いつもの、拗ねたような、羞じらったような、怒ったような、くすぐったいような…いろいろな感情がはっきりとした形を露わにする前の、捉えどころのない表情で、夏侯惇はあさっての方向を向く。
「惇の…居る場所が、きっと」
―――故郷なんだろう。
椅子の、背もたれ越しに、広い背中を抱きしめて、耳許に、囁く。
「おんぶにだっこだ」
―――媽。
「だれだって、死ぬために、生きている。
…そうだろ?
……惇?」
生きているなんて…
悲しくて、やりきれない。
最後に還る場所は、どこだ……
答えを求め、求めながら。
だれひとり、真実を知ったものなど、この世には、居ない。
移り香は、うす紫の、花の色。
「ここまで、ひとりじゃなかったんだろ」
「…紫丁香花を、たった一輪、大事そうに持った男と一緒だったよ」
さがしてこの世に、ないものなど、ない…
「……惇?」
曹操の腕をそっとほどいて、郭嘉を横抱きに立ち上がった夏侯惇は、相変わらず、曹操とは目を合わせずに、云った。
「奉孝を、寝かしつけてくる」
「………媽」
淡く…脣の、その片隅で、そっと…
曹操が微笑を刻んだことに、夏侯惇は、気づいたものか……
太陽の日差しが、道を踏み外さぬようにとの…母の叱責のように感じたなら。
そよ風の心地よさが、魂の安息を願う…情人の歌声のように感じたなら。
月の光の静けさが、故郷への道筋を照らす…一条の希望のように感じたなら。
君知るや、わが心。
いまだ辿りつく場所を知らずして。
遥かな里程の途上に佇むか。
還る場所は、ただひとつ。
悔悟の言葉は、何もない。
いまこの真夜中に…
星はいくつ生まれ…
そして…消えてゆくのだろう……
That's all over.
|| モドル|| 『滔天廻路:上演作品目録』|| ススム||製作年月日:20:36 2005/06/09
文責:市川春猫